「考えてもしょうがないことではあるし・・・難しいところ」悔しい昨年大会を乗り越えて、名大・藤井が挑むクラス分け初年度大会【名古屋大学】
総合優勝を掴む最後のチャンスだった昨年大会、名古屋大学は惜しくも総合2位とあと1歩が届かなかった。ただ、そのマシンは誰が見てもわかるほどポテンシャルが高く、息を呑む速さがあった。名古屋大学が速さを手にする過程で極めて重要な人物であったのが名古屋大学のドライバー・藤井一弥(ふじい かずや)である。シーズンを通してチームの中心でマシンを走らせていた藤井、これまでと少し異なり大阪・泉大津で2度のテストを敢行。総合優勝を争う関西の競合、京都工芸繊維大学を強く意識した動きに見えた。総合優勝をかけたシーズンを過ごし、今年クラス分けされた新たな大会に挑むドライバー・藤井に話を聞いた。
父親がダートトライアルやっているモータースポーツが好きな家庭で育った藤井。そんな父親の勧めで入ったキッズカートスクールがキャリアの始まりだったとか。「5歳の頃に初めてキッズカートに乗って、7歳でレースデビューした」「その後、カデットに出ながら全日本のジュニアシリーズを転戦して、14歳でもう1個ステップアップして全日本ジュニアの上のクラスで走った」という。高校受験をきっかけにカートを卒業した藤井だったが、またしても父親をきっかけに今度は学生フォーミュラを知ることとなる。「父親が録画していた2019年のBS番組で学生フォーミュラを知った」「大学生であんな車を作れるのすごいなというのと、朝5時にモーター回して喜んでいる姿を見て驚愕した(笑)」と当時を振り返る。最初は入部を迷った藤井だったが締め切り間際で「やるかあ」と心決めたという。「入った時からドライバーやりたいとは思っていた」「一個上と一個下にカート経験者がいて、自然と乗る人間が決まった感じ」とのこと。そんな藤井の学生フォーミュラデビューは1年生の大会後、「最初速すぎて目が追いつかなかった、加速Gがカートと全然違った」「何だ、この車は?!って感じだった(笑)」「怖さよりも速い!楽しい!って感じだった(笑)」と衝撃の出会いを経験した。


そこからマシンに慣れるまでには時間がかかったようで、「初めてエコパを走った時は全然コントロール出来なかった」「ブレーキングが難しい」「ホイールベースが短いこともあって、ブレーキしながら舵を入れるとすぐにスピンモードに入ってしまう」「例えば大会コースの右右をICVだと60~65km/hで進入するが、うちの車だと80kmくらいで入っていく」「その分入った先で止めるのが難しくなる」と話す。2024年の公称値から算出すると、京都工芸繊維大学のマシンのパワーウエイトレシオが2.65kg/PSであるのに対して、名古屋大学のマシンは1.14kg/PSと半分以下。またホイールベースは京都工芸繊維大学のマシンが1750mmであるのに対して、名古屋大学のマシンは1520mmと230mmも短い。短い区間であっても名古屋大学のマシンの車速が高くなる一方で、その速度を短いホイールベースのマシンで止める必要があるのだ。これについては大会後に乗り比べた際にもICVの乗りやすさを感じたという。「ICVの方がコントロールはしやすい、舵角を入れた時の反応も素直に感じた」「EVだとリアが破綻すると戻ってこないが、ICVだとどうにかなる印象」と話す。


冒頭に書いた通り、藤井はこのマシンを手懐けるためにシーズンを通して苦労することになった。シェイクダウン直後は順調で、スキッドパッドのタイムも早い段階で競技ペースにまで上がったという。ただそこからだ。「泉大津やエコパを走ってライバルに対してタイムが足りないこと、京工繊に届かないことや、名工が想像以上に速くて、焦りがあった」「リアがずっと滑っていて、治らなかった」と話すように、リアの滑りが止まらないでいたのだ。この時のエコパテストでは、一向に症状が治る気配がなく、マシンのセットや自分の運転を省みて藤井の表情が曇っていたのを覚えている。この状況に変化があったのは大会直前のテスト、「大会前にOBの助言があって改善の糸口が見えた、いい方向にいったが路面や他の条件があって京工繊を食えるかわからない状態だった」「自分たちでもポテンシャルがわかりきらないまま大会に持ち込んだ」とのこと。


そして迎えた大会、車検で苦労したチームは午前のオートクロスを走れないでいた。そんな中、藤井は意外にもポジティブにそれを眺めていたという。「オートクロスの午前セッションを見た時に、ライバルが思いの外苦しんでいて、いけるかもと思った」「京工繊のタイムは速かったが、他のチームとのギャップを見て届かないところではないなという印象だった」と話す。午後のオートクロスに出走する。当時を振り返り藤井は、「京工繊のエースが走る前に、自分たちがタイムで上にいないといけなかった」「自分たちが前にいることでミスも誘えると思った」と話す。そんな思惑と、確実に出走出来るように早めに出走したのだとか。出走した藤井だったが、マシントラブルが発生しスタートラインを切った直後に失速し大きくタイムを失う。「スタートしてすぐに終わったかもしれん、と思った」「これまでと同じだとドライバーにはどうしようも出来ないトラブルなので終わったと思った」と話す。なんとかパワーが戻り走り出したマシンはエコパテストの時は全く異なり安定した走りを見せた。「逆Sのあたりまで感触が良かった」「スプーンでスピンしたりコースアウトしたりするチームがいたなかで、自分の車は何してもスピンする感じがしなくて、“当たってるんだろうな”と感じた」と持ち込んだマシンに手応えを語る。


その手応えは2本目も変わらず、「若干リアがルーズだったが、ペースを上げても破綻する感じも無かった」そんな姿に会場が『名大が来るか!』と期待した瞬間だった。右右の1個目の進入したところでまたも失速、ダブルヘアピン1個目の進入までパワーが戻らなかった。ゴールした藤井、自分のタイムを見た瞬間落胆したという。「京工繊のタイムを覚えていたので、ああ届いてないと思った」と話す。コースを出たところでマシンを止め、ヘルメットを脱いだ藤井は悔しさを隠し切れていなかった。そのままピットに戻りレーシングスーツから着替えた藤井が再びダイナミックエリアに戻ってきた。ゴール直後の態度を、スタッフに詫びてたのだ。「結構引き摺ったし、その日の宿でも揉めたのでチームメンバーには申し訳なかった」「エンデュランス前は充電、車検、コスト監査、デザインファイナルと忙しいのもあってそれなりに切り替えられたように思う」と語った。


大会最終日、チームは自力での総合優勝の可能性が無くなった状況でエンデュランスを迎える。「エンデュランスで京工繊を逆転するのは難しいのはわかっていて、とりあえずマシンを持ち帰って後は祈ろうという感じだった」「スロットルでコントロールしながら走って、最後はオートクロスから2秒落ちくらいで飛ばした」「エンデュランス走りきった後は、ファイナル6始まってしばらくしたところで(雨が)ぱらついてたので降れ!と思っていたけど、だいぶ惨めだと思う(笑)」と振り返る。
大会後、藤井は自分たちの結果に対してストイックな姿勢を見せた。あのオートクロスでトラブルが無ければどうだったのか、京工繊を上回っていたのではないか、そんな声に対して決着はついている、結果は結果だと強く示していたのだ。この真意を改めて聞いた。あれは対外的に言いながらも藤井自身に言い聞かせているのでは?という問いに対して、藤井は少し食い気味に「そうだ」と答えた。続けて「それ(本気だせば勝てた)はやっぱり考えちゃう(笑)」「考えてもしょうがないことではあるし・・・難しいところ」「完全に決着はついていて、結果は京工繊の勝ちだが、エンジニアリング面で車両をどう評価するかを考えた時にあの結果を軸にすべきではないと思う」「スペック同士を比べてどれくらいアップデートしなきゃいけないだとかを考えないといけない、いい塩梅で考えたい」「葛藤もあって、感情もあって、めちゃくちゃ難しい(笑)」と語った。


最後にクラス分けされて、総合優勝が無くなった今年の大会に向けて思いを聞いた。「去年勝ててたらまた違っていたかもしれないけど、クラス分けは自分たちにとってはどちらかというと好ましくない」「EVを始めた時の目標では、日本大会優勝は中間目標で、ドイツ勢に追随した開発をしたいという思いもあるので、そこに向けた種まきをしつつ、少しずつアップデートをして、動的全種目でコースレコードを出したいと思う」「エンデュランスではバッテリーマネジメント、回生量などを気にしながら走るが、そういったところでドライバーの頑張り代があると思っている」「昨年とは違って後ろを見ながら戦う必要が出てきて難しそうだなと思う」「名工は速いし、東大も技術力あって速いドライバーもいる」「タイム目標があって、ICV勢にタイムで負けたくない」「とはいえ、EV優勝は獲らなきゃいけない」と語った。昨シーズン、最後の総合優勝のチャンスにかけシーズンを通してマシンとタイムに一喜一憂し、大会後もなお悔しさを噛みしめる藤井の姿は人間味に溢れていて、魅力的だ。苦しいシーズンを乗り越えて、今シーズンどんな走りを見せるか、それに臨む藤井というその人に注目である。