飛ばさないエンデュランスの裏側、3連覇のプレッシャーに立ち向かう真剣勝負【学生フォーミュラ日本大会2024】
2024年大会で全方位に強さを見せて3連覇を果たした京都工芸繊維大学(京工繊)だが、エンデュランスではペースをコントロールして走る姿を見せた。オートクロスでは圧倒的な速さを見せて1位を獲得していただけに、この『飛ばさないエンデュランス』には大会後様々な声が聞こえた。「どうせなら1周でも本気の走りを見せて欲しかった」とどちらかと言えばネガティブな声もあれば、「総合優勝を目指しているならリスクを最小限にするのは当然」という声も聞こえた。結論から言えば、彼らが目標とする総合優勝と3連覇を達成している以上彼らの走りは正しかったのだろう。今回はこの『飛ばさないエンデュランス』の裏側を聞いた。
戦略の鍵を握る「得点予測」と「ペース計算」
「大会前は(総合優勝を争う)仮想敵を名古屋と考えていたが、一番(パフォーマンス)が読めなかった」「(事前のテストで)岐阜大も速かったので、静的の動向をうかがってはいた」と話すのは京工繊の藤原エンジニア、最終的に戦略を決めている人物だ。「自分たち静的は昨年の結果から想定していて、カーボンモノコックにしたプライス分で引かれるくらいの予想だった」「動的のアクセラとスキパは路面が変わっても昨年から大きく変わることはないと思っていた」「オートクロス次第で、オートクロスで速さがあればエンデュランスも1位を狙える想定だった」とも話す。このように上位チームは大会前の時点で、ある程度点数を予測しながら大会の準備を進める。もっと言えば、その年の企画段階から昨年までの傾向とライバルの立ち位置を想定して静的と動的の点数の目標を立てる。動的の目標点数からマシンの目標性能に落とし込むのが定石だろう。
もちろんこれらはあくまでも予想であるため、大会中は実際にリザルト(点数)を見ながら自分たち立ち位置と戦略を見極めて行く。エンデュランス直前にはエンデュランス以外の点数がわかっているため、そこでエンデュランスのペースを計算して確定していくのだ。エンデュランスの点数計算には上記の計算式がレギュレーションで決められていて、チームはこれを用いて必要な点数から自分たちのエンデュランスのタイムを逆算する。エンデュランスはオートクロスのランキングの下位から上位の順に出走するため、何も無ければ自分たちよりも後に走るチームの方が速いことになる。これの意味するところは、最後に走るチーム(オートクロス1位のチーム)以外のチームは上記の式のTmin(エンデュランスの最速タイム)を入手出来ず、予測値のままペースを決めなければいけないということだ。今年の大会で言えば、エンデュランス前に優勝争いをしていた名古屋大学と同志社大学は京都工芸繊維大学がどれくらいのペースで走るか読めないため、リスクを負ってもペースを上げる必要が出てくるのだ(もちろん点数差を考慮してもプッシュする以外選択肢が無い場合もある)。逆にオートクロスで1位を獲った京工繊は、この式に必要な数字を全て入手した上でペースを決めて、出走することが出来る。マシンに速さがあって、このシチュエーションを作れることが京工繊の強さとも言えるだろう。
75.5秒のペース設定とドライバーの苦労
さて、実際の京工繊はというと「名古屋がスキパを走れなかったことでだいぶ余裕は出来た」「この時点で気にするチームが阪大と同志社に変わった、特に同志社は大会中ぐんぐん点数を伸ばしてきていて気にしていた」藤原エンジニアは話す。エンデュランスのペース予想については「オートクロスのタイムからエンデュランスのタイム(オートクロスと同じ位プッシュしたタイム)を予測するが、今年はエースドライバーが確実にタイムを残すためにオートクロスを100%のプッシュをしていなかったので難しい部分があった」「エンデュランス1日目のタイムを見てオートクロスからの上がり代を予測したり、フォローアップで速さのある工学院が走っていたので、それも参考にした」という。そしてエンデュランス当日、「東京農工大学が出てこなかったので、自分たちだけ1台での走行だと思って78秒くらいをターゲットタイムにしていた」「点数だけ見ると80秒くらいでも勝てる状況にあったが、トラブルやフラッグで止まることのリスクを考えて78秒にした」と想定していた京工繊だったが、急遽農工大が同時出走になる。これに対して「農工大が戻って来たのでブルーフラッグの処理(ペースを落とした京工繊を農工が抜くこと)を想定して、最終的には75.5秒にターゲットタイムを修正した」ということだ。
このペース設定で走ったドライバーにも話を聞いた。前半スティントを走ったエースドライバーの久保は「走っている時はあまりタイムを見ていなくて(一緒に走っていた)農工さんとの距離を見ながら走った」「(農工のエースドライバー)岡野くんがどんどん近づいてきて、コース上ですれ違う場所も変わってプレッシャーは感じていた」「マシン的にはもっとペースが速いところを想定したセットだったため、走りにくさもあった」「フルプッシュしている方が1つのラインを走れていたと思う」とペース落とすことの難しさを語る。また後半スティントを担当した吉田、「1周目走って考えようって感じだった」「2周目終わったところでだいたいタイムが出ていたので76秒をターゲットに走行した」「右右からその後の左にかけてどこまでアウトに膨らむのがいいのか考えていたけど、これっていうのが見つからなくてタイムがばらつく箇所だったと思う」「マシンの調子が良くて、1周くらいは出してみたい、存在感を示したい」と久保同様にペースをコントロールする難しさに加えて、エンデュランスデビューの吉田はアタックする欲求を感じていた様子。実際、チームのベストタイムになった17周目で吉田は少しペースアップをしていた印象だ。
改めて『飛ばさないエンデュランス』について藤原エンジニアは「正直、見ている側はとろとろ走っていても面白みは無いだろうと思うし、良く思わない人もいるだろうと思う」「ただ2連覇した後、3連覇を目指した大会で総合優勝を狙う上でリスクは取れなかった」「フルプッシュの走行データを持ち帰れなかったことはポジティブな要素ではないし、次年度の目標設定に困ることは想像できたが、それよりも(4連覇に向けて)バトンを繋げることが大事なのかなと思った」と語る。ここまででご理解いただけたかと思うが、京工繊は3連覇のプレッシャーの中で、自分たちの出来不出来とライバルとの立ち位置に合わせてペースを決めて、ペースをコントロール、確実に完走して総合優勝を手にしているのだ。あのエンデュランスが彼らにとっての真剣勝負であったことは間違いないだろう。
photo: 公益社団法人 自動車技術会