21年目の会場移転、新たな聖地への第一歩【学生フォーミュラ】
2025年大会のエントリー第1報では、99チームの申し込みがあり、うち9チームがWaiting Listに入った。ここから書類審査やチームの辞退等によって変更はあるだろうが、Aichi Sky Expo(以下ASE)2年目の大会もすでに盛況が予想される。さて、2025年大会のエントリーに先立って大会事務局は2024年大会のアンケート結果とそれに対する対応についてのドキュメント(リンク:2024年度学生フォーミュラ日本大会各WGのアンケート集計結果と2025年度の対策<PDF>)を発行した。この中では、会場移転に伴う課題や要望についても言及されている。今回は、改めて会場移転について学生フォーミュラ大会事務局に話を聞いた。

上段左から中野氏、四條氏
新たに加入した中野氏については改めて紹介する

「肝である動的審査が本当にやれるのか」
まずは改めて会場移転の動機と移転に向けた事務局の動きから。「2022年大会では熱中症で3度救急車を呼ぶ事態が発生した、こうした熱中症への対策が移転の一番の動機になった」と語るのは大和田実行委員長。これまでは、屋外にテントを立ててチームピットとしており、大会までの疲労も重なった学生たちの熱中症が問題になっていたという。移転の話が本格的に動き出したのは2021年頃のこと。当初は認知度向上を狙ってお台場なども候補に挙がっていたとのこと。そうしたいくつかの候補から会場を選定する上で、最重要はなんといってもエンデュランスのコースが作れるかという点。コースはレギュレーションにより決まっていて、それを実現出来る場所を探す必要がある。「肝である動的審査が本当にやれるのか、がまずは第一優先だった」「面積的にはASEが33000m2で目処は立ったが、レギュレーションに則ったコースができるかを気にしていた」とのこと。また大会事務局の土肥氏は「やはり、カントと排水溝をどう避けるかが最も苦労したところ」「テストしたときにも、排水溝に対して直行方向で入る、30度で入る、などトライをした」「グレーチングの避け方なども悩んだところ」と付け加えた。ここにあるように会場検討段階では実際にチームのマシンを持ち込んでテストを実施したという。「思ったよりはまともに走った印象」「スキッドパッドで山を乗り越えると修正舵が必要になるが、スピンモードに入るようじゃない』というコメントがあった」と大和田実行委員長も振り返る。こうした会場選定を経て、移転先が最終決定したのは2023年7月だという。2024年大会の準備を考えるとギリギリといった印象だ。「2023年7月に会場移転に絞った臨時会議が開かれて、承認された」「決め手は、屋内ピットが(面積、空調等)成立するかどうかだった」とのこと。


作り込まれた防災計画を持ち込んだ、ただ常に改善していく
会場が決まった後、事務局は複数回ASEに出向き調整を進めたという。ピットを屋内にする上では、やはり安全面での準備が大きかったとか。ガソリンやバッテリーの可燃物を屋内で取り扱うことになるからだ。安全面について、運営安全リーダーの土屋氏にも話を聞いた。土屋氏は「基本的には消防が協力的で、助けてもらった」「消防計画などいろんな書類の提出が必要で、積極的に情報開示したことは良かったと思う」「具体的にいうと、EVの電池が燃えやすいということを伝えて、会場の中でも消火栓から届く位置、一定の距離のところにピ ットを配置することなど詳細も伝えていた」とのこと。初年度からある程度作り込まれた防災計画を持ち込んだとのことだが、2025年大会に向けては変更されるところもあるようだ。2024年大会では海外チームのコンテナを屋内に持ち込んでいたが消火の際に障害物になるとして2025年大会からは屋外保管になる予定だという。またピットの床材やパーテーション、これまでブルーシートなど敷いているチームもいたが、これらは防炎の材質指定が付く予定だとのこと。消防については中部国際空港の消防と連携が取れていて、万が一の際には5分以内には消防が到着するようにしていたとか。また救急についても空港内にある診療所と連携して、会場内の救護室には常滑市内の病院からドクターを派遣してもらっていたという。空港隣接ということで制限がかかることもあるが、安全防災救急という点では大きなメリットがあったようだ。また臨海地区ゆえに津波等の災害に対する準備もしたという「津波などの災害時の避難を考える必要があった」「空港の立体駐車場に避難をすることになるが、動的エリアの一番離れた位置から徒歩で決められた時間内に避難できるかも実際に歩いて検証した」とのこと。学生フォーミュラ大会は大会中に動いている人数も多く、また動いている範囲も広い、このあたり非常に苦労されたような印象を受けた。



「どの企業さんにも学生たちとのタッチポイントとして活用して欲しい」
ピットと同時に屋内に移り変化が大きかったのはスポンサー企業ブース。これまでは会場内の道路両サイドに企業がテントを立てていた、もちろんこれも屋外だ。「今回から屋内にあって、スペースも広がって、大きいところだと車が3台くらい入るくらいになった」と話す。ただ次の懸念も出てきようで、「スペースは広がって出来ることも増えたが、装飾まで派手なってくると企業間でブースの差が出てくるのではと心配していた」「そこはどの企業さんにも学生たちとのタッチポイントとしてブースを活用して欲しいという思いもあってなるべく差が出来ないような工夫をした」「具体的には搬入設営時間をある程度絞って、ブースの均整を保つようにした」とのこと。



「なかなか画期的なものを入れた」
屋外、動的エリアでも大きな変化があった。今年から『ラインロボット』なるものが導入されている。「なかなか画期的なものを入れた」と語るのは大会事務局の四條氏。「20、30人で半日以上かかるようなコース設営が、1時間でできるようになった」「もともとサッカー場やラグビー場で使うラインマーカーをなんとかアスファルトの上で使えないかという交渉をしてきた」「ASEに持ち込んでテストをして問題なさそうだったため、導入するとこまでこぎ着けた」という。ラインを描くのはいいが消去はどうするのかという疑問に対しては「ラインの塗料が落ちるかということも検証した」「海が近いということもあって、成分表も取り寄せて確認して、さらに通常の8倍に希釈して使用した」「競技後、その日のうち落とす必要があったが、専用リムーバーをライン上に塗布して、高圧洗浄機で落とした」とのこと。さらに、競技に参加する学生たちにもメリットがある。「コースの精度も高くて、1cm程度の誤差でひけるようになった」というのだ。前会場では10年近くコースレイアウトが変わっていないとされているが、パイロンコースであるがゆえにその年で微妙にコースの形状が変わっているのではという懸念があった。あるドライバーからは「トップタイムが変わっているけど、各年のオンボードを見比べると明らかにスラロームが緩かったり、きつかったりしている」というコメントが聞かれていたほどだ。これに対してもラインロボット導入によって毎年一定の再現性を持ったコースで開催出来るようになった。



また動的エリアの安全対策もイチから作ることになった。特に学生フォーミュラの低さに合わせた対策が必要で、「コースの安全対策を考えるときに仮設ガードレールやカート用クラッシュバリアも検討したが、コスト面など考慮して、最終的にはASEの持ち主である愛知県さんと調整してガードレールの常設が出来た」と前会場と同様にASEにも2段ガードレールの常設されることになった。


「やはりSNSの力、重要性を再認識した」
会場に移転に合わせて、広報面にも大きく手が加えられた。名鉄の車両内、駅構内でのポスター掲示や愛知県のコンビニでのポスター掲示、有料道路SAでのポスター掲示など、これまでよりも露出が増えた。大和田実行委員長は「学生さんにいっぱい参加してもらうだけじゃなくて、やはり認知度を上げて企業さんもそうだし、小さいお子さんにも来てもらえるように裾野を広げていきたい」と、また四條氏も「昨年は事務局の中で露出を増やしていきたいという思いから、一念発起して大会公式Xも開設した」「高校生に向けてビラを配るなど取り組みをしてきたが、やはり紙媒体にも増してSNSの力、重要性を再認識した」「SNSは今後も取り組んでいきたい」と話す。


「満足度を上げて『来年も来たい!』と思ってもらえるように」
2024年大会での課題について、大和田実行委員長は「学生さんや、スポンサー企業さんは屋内に配置することが出来たが、動的スタッフの暑さ対策はこれから必要だなと思う」とのこと。また大会事務局の田中氏は、「カメラを持って観に来てくれるお客さんがいたが、撮れるところが限られていて、お客さんから相談されることもあった」「その点は改善していきたいなと思う」と話す。この観覧エリアについてだが具体的な対策が検討されているらしく、四條氏からは「2025年大会においては、観戦エリアの高さを上げる方向で考えている」「大規模になると建築申請など難しさが増すため、まずは階段2段分くらいの高さを上げるような工夫を考えている」「そうした場合にはスロープなども設けて、いろんな人に見てもらえて、満足度を上げて『来年も来たい!』と思ってもらえるようにしていきたい」とより観てもらえる工夫がされるようだ。新たな聖地として、学生フォーミュラ日本大会は確かな1歩を踏み出していた。


「みんなで作った大会になったなと感じている」
数年にわたって大会事務局が取り組んで来た会場移転、最後に実際に準備をしてきた大会事務局の皆さんに一言ずつ感想をいただいた。
大和田実行委員長
「貴重な経験をさせてもらえて、楽しかった。いろんな人たちと新しく関係を作りながら、良い大会にしようという思いのベクトルが合っていて凄いと思った。そういった人たちといい仕事をさせてもらえて、幸せだった。背景に海があって学生フォーミュラが走っているような景色はそんなにないと思う。素晴らしい会場で出来たと思う。地元の愛知県、常滑市、Aichi Sky Expo、関わってくださった学生、スタッフ、スポンサーのみなさんに感謝したい!」
大会事務局 土肥氏
「会場移転について、説得や調整することが多かったが静岡県も含め関係者にご理解いただき、最後は満場一致で決めることが出来てよかった。また会場移転に伴ってコスト面も気にしていたが、そこも大きな問題になることなく準備が出来た。」
大会事務局 四條氏
「第一の目的であった安全を確保するという目標が叶えられたことに安心している。熱中症が出なかったこと、救急車を呼ぶようなことが発生しなかったこと、EVが増えてもバッテリー発火なども発生しなかったことなど安全面がクリア出来たことは嬉しい。愛知県の方々にも本当に協力してもらえて、みんなで作った大会になったなと感じている。これからASEでの大会を後世に引き継いで行ってもらえるように、引き続き取り組んで行きたい」
大会事務局 田中氏
「大会中は学生スタッフを連れて会場を歩くことが多く、その際に『去年までは屋外でやってたんだよと』伝えると驚いていた。学生がみんな快適に競技に集中してもらえたのが良かったなと思う。」



取材協力,写真:公益社団法人 自動車技術会 学生フォーミュラ大会事務局