国内強豪の牙城に挑むタイ王者、その存在感はより強く【カセサート大学】

 「短く連続するコーナーには、正確なコントロールと素早い切り返しが必要だった」「ASEは非常にチャレンジングなコースだった」。そう語ったのは、昨年ICVクラスで4位に入ったカセサート大学、Dongtaan Racing Teamだ。2025年日本大会で彼らは、ICVクラスにおいてスキッドパッド1位、デザイン6位、オートクロス12位という実績を残した。動的・静的の両面で存在感を示し、国内強豪・大阪大学の直後につけて見せた。この結果の要因について、彼らは「徹底した事前準備と強いチームワーク」と答えている。競技前の計画段階から細部まで作り込み、競技期間を通じてメンバー同士が支え合う体制が、本番でのパフォーマンス最大化につながったという。

 関西勢の強さが際立つICVクラスにおいて、その牙城に割って入る存在として、国内外を見渡してもDongtaan Racing Teamは有力候補の一つに挙がる。2024年の苦戦を経て、チームは「耐久性」「信頼性」を重視した開発を進め、すべてのイベントを確実に完走するためのシステム全体の完成度を高めてきた。マシン・チームともに成熟を遂げたDongtaan Racing Teamの現在地を、あらためて確認しておきたい。

Photo : Dongtaan Racing Team
Photo : Dongtaan Racing Team

 タイ・バンコク北部に位置するカセサート大学は、国内で3番目に古い歴史を持ち、学生数8万人を超える総合大学だ。特に工学部の評価は高く、トヨタやホンダといった日系メーカーとの結びつきも強い。チームは工学部機械工学科のもとで活動し、指導教員による継続的なサポートを受けながらプロジェクトを推進している。加えて、上級生から下級生へと知識を継承する文化が根付き、チームとしての一貫性と成長を支えている点も特徴だ。チーム名の「Dongtaan(ドーンターン)」はタイ語で扇椰子(パルミラヤシ)を意味し、工学部を象徴する樹木に由来している。

 彼らを育んだ土壌にも触れておきたい。学生フォーミュラタイ大会(TSAE Auto Challenge)は2026年で20回目を迎える。参加チーム数は近年25〜30チームで安定し、特筆すべきは急速に進むEVシフトだ。2026年大会ではICV(内燃機関)13チームに対しEVが14チームと、構成が逆転している。さらに近年は参加大学の増加に伴い競争レベルも急速に向上しており、この国内での激しい競争環境そのものが、彼らを国際舞台へと押し上げる基盤となっている。Dongtaan Racing Teamはこの20年の歴史の中で常に「タイ最強」を争い続け、2017、2019、2020、2024、2025年、そして2026年と、計6度の国内タイトルを獲得している。

Photo : Dongtaan Racing Team
Photo : Dongtaan Racing Team

 彼らのマシンにも注目したい。昨年のスキッドパッド1位が示す通り、2025年モデルはコーナリング性能を軸に車両全体を再設計した一台だ。開発コンセプトの核は「すべての状況で旋回性能を高めること」にあり、これは彼ら自身の設計思想とも一致する。スキッドパッド性能と車両安定性の向上を主題に据え、動作領域全体で安定した挙動を維持することを狙った。その象徴が、新たに導入されたデカップルドサスペンション(Heave & Roll分離機構)である。ロールとヒーブを独立して制御することで、ロール剛性配分や接地性を高い精度で作り込んでいる。ダンパーは、Ohlins製のTTX25を使用し、ロール側はこれにアウター構造を設けて左右どちらのロール時にもダンパーが縮むようにしている。ちなみに、ダンパーを製造するMultimaticは、これと同様な構造の学生フォーミュラ向けデカップルドサスペンション用ダンパーキットを提供しており、欧州では比較的採用例も多い。

を この機構の要点は、車両の動きをロールとヒーブという異なる運動として捉え、それぞれに明確な役割を与えている点にある。従来の構成では一つのスプリングが両者を同時に担うため、ロールを抑えようとするとバンプで跳ねやすくなるといったトレードオフが避けられなかった。実際の走行では、旋回中の入力に対してタイヤが一瞬抜けるような挙動として現れる。本機構では各運動モードの干渉を理論上切り分けることができる。空力性能を引き出すうえで姿勢制御は極めて重要であり、それを成立させる手段としてデカップルドサスペンションは有効とされる。

 学生フォーミュラにおいては空力の影響は限定的だが、その分、低速域での荷重移動や接地の質がタイムに直結する。特にAichi Sky Expo(ASE)のようなバンピーな路面では、ロール剛性を維持しつつヒーブ方向にしなやかさを残せるこの構成の効果は大きい。加えて彼らは日本とタイの路面差にも対応しており、グリップレベルや路面粗さの違いに応じて車高を調整し、メカニカルグリップと空力効率のバランスを取っている。ASE特有の臨海風が空力バランスに揺らぎを与える点にも言及しており、機構設計にとどまらず、実環境への適応まで含めた総合的な完成度の高さがうかがえる。

2025年大会,Dongtaan Racing Team
2025年大会,Dongtaan Racing Team
Multimatic製ダンパー, https://www.pmw-magazine.com

 海外チームが示してきたパフォーマンスは、日本大会にポジティブな影響ももたらしてきた。古くはオーストラリアのスインバーン大学に始まり、オーストリアのグラーツ工科大学やグラーツ応用科学大学、中国のハルピン工業大学、トンジ大学、ジーリン大学などがその代表例だ。彼らのマシンや走りは、欧州勢の高いレベルと、その過程にあるものたちの実際を体感させるものであり、日本との違いを強く意識させてきた。日本の上位チームはその違いを目の当たりにし、同じ手法をなぞるのではなく、自分たちなりの方法で追いつこうとする動きを見せてきた。それは現在も変わらない。

 では、カセサート大学がもたらす刺激とは何か。前述にチームとは少し異なる。10年前、日本とタイのトップチームを比較すれば、当時でも僅かであるが、日本が一歩先を行く印象があった。しかし昨年大会のカセサート大学は国内強豪と肩を並べ、真正面から勝負を挑む存在へとなった。ここで得られる刺激は、スパーリングで相手のパンチを受けながら、その成長とパフォーマンスを肌で感じる感覚に近い。打撃を受けた分だけ打ち返す、そんなモチベーションの上がり方だ。さらに彼ら自身も、日本大会の雰囲気を「情熱とプレッシャーが混在する場」と表現し、その高いレベルと緊張感がパフォーマンス向上につながったと語っている。

Photo : 公益社団法人 自動車技術会
Photo : 公益社団法人 自動車技術会
Photo : Yuki Harashima

 学生フォーミュラを見てきた者であれば理解できる通り、各国でチームを取り巻く環境は大きく異なる。豪州、欧州、中国、タイ、日本それぞれのあり方である。それでも海外チームは、コロナ禍を除き継続的に日本大会へ参戦し、大会を魅力的なものへと引き上げてきた。Dongtaan Racing Teamもまた、すべてのチームへの敬意と相互支援の姿勢を明確に示しており、その存在自体が競技の質も底上げしている。

 2026年、世界は激しく動き、変化している。Dongtaan Racing Teamもまた、2026年の日本大会に向けて国際情勢といった外的要因による物流・輸送の課題を乗り越える必要があったという。そのような状況下にあっても、学生たちの純粋な探求心と情熱を基盤に、クリーンでフラットで、そして熱い交流が生まれていることは、嬉しくも、誇らしくとも思う。カセサート大学の躍進は、そんな学生フォーミュラというイベントの価値を再認識させてくれる。そして、2026年に本大会に向け「すべての種目でさらなるスコア向上を目指す」という明確な目標を示すカセサート大学、Dongtaan Racing Team は、2026年日本大会をよりエキサイティングにしてくれるという期待を持たせてくれるのである。