チームが抱えるバッテリーのジレンマ、古豪チームのEVは2年目へ【名古屋工業大学】

『最後のエコパ』『エンデュランスコースレコード』『リザルト発表保留』等、大会が始まる前から終わった後も話題が尽きなかった学生フォーミュラ日本大会2023、その中で確実に結果を出して来たチームをご存知だろうか。それが今回取り上げる名古屋工業大学 学生フォーミュラチームである。彼らは大きな世代交代やコロナ禍の影響を受けながらも、ICVからEVに転向したその年に見事完走し、総合20位という結果を出した。今回は2023年シーズンを振り返りつつ、2024年大会に向けたマシンの準備とEVチームの課題について話を聞いた。

名古屋工業大学の学生フォーミュラチームは2003年から現在まで大会参戦を継続している古豪チームで、現在は合計25名が所属している。2019年には念願の総合優勝を果たし、2023年大会からはYAMAHA製のモーターを搭載した後輪駆動のEVマシンで大会に参戦。EV初年度にしてオートクロスでは12番手に入りエンデュランスも完走、総合でもトップ20に入る快挙を見せた。ICV時代から変わらずマシンを走らせて競う動的審査を得意とするチームだ。

公式サイト:N.I.T.FormulaProject 名古屋工業大学フォーミュラプロジェクト (nitech.ac.jp)
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過去記事:自分にしかできないこと【名古屋工業大学】 -学生フォーミュラ 学生フォーミュラのコラムサイト|KAERU JOURNAL (inokaeru.com)

2022年大会向けのICV開発と並行してEVプロジェクトを進めてきたチームだったが、当初はICVの開発に時間を割かれてEV開発が滞ってしまう。その理由の一つが人的リソース。2021年大会時に31名いたメンバーは世代交等により翌年には12名になった。半分以下になってしまったメンバーでEVという大型開発に取り組むことに危機感を持ったチームはメンバー獲得に動く。通常4月の新入生が入るタイミングで新歓・リクルート活動を行うのが一般的だが名古屋工業大学はシーズン中も他のものづくりサークルメンバーをスカウトする等、精力的に勧誘活動を続けて新入生以外のメンバー獲得に成功していく。人的リソース確保とともに、彼らが苦労したのはお金。モーター・インバーターユニット等比較的高額なものを企業からの支援が受けられるが、それ以外にもAMS(バッテリー監視機器)や充電器等はチームが購入する必要があり結果としてICV時代の予算から約200万円の増額が必要になったとのこと。これに対して、テスト走行の費用を削る等して予算を捻出したという。これらヒト・モノ・カネのリソースの課題をクリアして走り出した名古屋工業大学1台目のEVマシンは、2023年大会で見事完走を果たした。

名古屋工業大学 2023年大会
名古屋工業大学 2023年大会
名古屋工業大学 トロフィー

2023年は完走に向けて守りの姿勢で臨んだチームだったが、2024年は攻めの姿勢に転じる。『1桁ゼッケン奪取・ファイナル6進出』を目標に掲げて製作が始まった2024年マシンは大幅な軽量化を見込んでいるという。2023年は各部の強度にマージンを取った結果、名古屋工業大学のマシンの車検重量は約300kgになった。カーボンモノコックを採用する名古屋大学が220kg、パイプフレームの静岡理工科大学が256kgと、ライバルと比べると大きな差があった。その差を埋めるべくチームが最初に手をつけたのはバッテリー。マシン重量の大部分を占めるバッテリーを軽くすることで抜本的な軽量化を狙ったのだ。

日本の学生フォーミュラEVマシンで使用されているバッテリーは主に日本製Li-ionバッテリー中国製Li-Poバッテリーだ。2023年大会では東京大学や名古屋工業大学は日本製Li-ionバッテリーを選択した。その大きな理由は大きな支援を得られることで、名古屋工業大学でいうと総額数十万円規模の支援を得ている。また後述する中国製に比べパックのばらつきがほとんど無く品質面でも有利とのこと。一方、中国製Li-Poバッテリーを選択したのは名古屋大学や静岡大学。こちらの多くは購入になるが、ある同容量で比較すると中国製Li-Poバッテリーの重量は日本製Li-ionバッテリーの半分の重量になるという。実際には各チームでバッテリー容量が異なるが、マシン重量はその大部分を占めるバッテリー重量によって大きな差が生まれマシンの運動性能、動力性能に影響してくるのは間違いないだろう。さらに、EVに限らずロングランペースを決める要素の1つはエネルギーマネジメント(ICVでは燃費、EVでは電費)だ。そのためEVでは回生ブレーキを使うこともある。エネルギーを回収出来ればその分ペースを上げられるからだ。そんな重要な回生ブレーキだが、そこでもバッテリーによって差が生じるという。チーム曰く、回生性能は中国製Li-Poバッテリーのほうが高いというのだ。これによって中国製Li-Poバッテリーを選択するとロングランでも大きな武器を得ることになる。

2022年大会 静岡理工科大学 アキュームレータコンテナ
2022年大会 豊橋技術科学大学 アキュームレータコンテナ

これらのアドバンテージを見込んで、2024年名古屋工業大学チームは中国製Li-Poバッテリーの採用を決断する。しかし、いくつかの壁が立ちはだかった。1つ目はまたしてもお金。2023年は国内の企業からバッテリーの支援を得たことでほとんど負担は無かったが、購入となれば約170万円の予算が必要になった。チームはOB等に協力を要請し資金を調達、なんとか買える目処を立てた。資金を用意できたチームだったが、2つ目の壁が彼らの行く手を阻む。それが安全の確保である。チームは大学の中で学業プロジェクトという立ち位置であり、大学がプロジェクトに当てた予算を使う際には大学側のチェックが入る。さらに、100万円を超える高額な買い物になるともう一段厳格なチェックを受けることになるという。この大学側のチェックの結果、残念ながら『事故の可能性』を理由に許可を得ることは出来なかった。学生フォーミュラでは要求仕様を満足させるために学生たち自らアキュームレータコンテナ(バッテリーコンテナ)を製作する。筐体(コンテナ)を作り、そこにセルを並べて配線する訳だが、大学側としては製作と管理を学生が行うことに対して懸念があったと想像する。チームとしてもバッテリーを接続する場合等は複数人での作を徹底する等していたが厳しい結果となってしまった。「EVで競争力を手に入れるためには高出力なバッテリーを要する一方、それを手に入れるには高額な資金を要し、その資金を用意できないチームは企業に支援を要請するが安全面を理由に支援が得られない、こうしたジレンマを抱えたチームも多いのでは」とチームは語る。自分たちが用意出来るリソースの中で『妥当な順位』を目標に戦うことはEVに限らずICVでも同じで、もっと言えば他の競技でも当然のようにあり得ることだ。とはいえ今回のバッテリーのように事実上選択肢が2つで、有利なものを手に入れられるか否かで結果が大きく左右されるような状況が続くとEVクラスに参戦するモチベーションを維持することも難しいのでは、という声も聞かれた

名古屋工業大学 セル
名古屋工業大学 コンテナ上部
名古屋工業大学 チームガレージ

2024年3月に日本・東京で初開催となるFIAフォーミュラE世界選手権、このレースでは全マシンがWilliams Advanced Engineering製の共通バッテリーを使用する。マシンの軽量化・高出力化に繋がり、さらに参戦する企業からすれば一般向け製品にもフィードバック出来るバッテリー開発を自由化していない理由として『参戦コストの急増を避けること』が語られている。フォーミュラEのように一部を共通化することでコストを抑える策はあるが、学生フォーミュラの『ものづくりを通した教育』という側面を考慮すると開発の自由度を落とすことは考えにくい。やはり学生・大学・企業で安全面の課題を解決しつつ、チームが其々の目標を挑戦出来るように支援拡大が求められるのではないだろか。

フォーミュラE マシン
引用:https://global.nissannews.com/
フォーミュラE バッテリー
引用:https://jp.motorsport.com/formula-e/

残念ながら2024年シーズンは新しいバッテリーを手にすることが出来なかった名古屋工業大学チームだが、バッテリー以外の部分でも大幅な軽量化を進めることで『1桁ゼッケン奪取・ファイナル6進出』という目標達成は不可能ではないと語る。さらに、彼らには強力な武器がある。それがドライバーである。名古屋工業大学チームでドライバーを務めるのは川合翼(かわい つばさ)。レーシングカートでの経験を有する彼は昨年ELEVレーシングドリームのオーディションに合格してレース出場に向けて準備をしているという。キャリアもありつつ、現在も競技に出ている彼はICV時代の名古屋工業大学のマシンにも乗っており、現在EVマシンの開発を牽引している

EVマシンを開発について、「ICVではハンドルが重い中でシフター操作があったが、EVでは操作がシンプルになって運転に集中出来る」「低速コーナーの立ち上がりでアクセルに対して瞬間的に反応してくれるのはEVの良さだと思う」「今のところは、EVでこうあって欲しいという理想があって、ICVに比べてもっときびきび加減速ができるマシンを目指してメンバーとマシン作りをしている」「昨年のマシンはパワートレインに対してシャシーのキャパがあって、マシンとしても安定していた」「パワートレインの開発により今年はさらに(マシン側の)反応速度を高めていけると思う」「カートやFJを乗っていると自分の運転を改善しようと考えがちだが、EVの開発では自分のスキルを信じてマシンに対する要求を出すようにしている」と語った。

ドライバー 川合翼
ドライバー 川合翼
川合翼 ヘルメット

今回EVマシンを作る上での苦労が多く聞かれたものの、数々の問題に取り組み解決した様子も聞かれ、ICV時代から感じる名古屋工業大学チームの『地力』はEVに移行した今も健在だと確信した。結果に対する責任感が強く、クレバーで熱い、大きく前進しようとしているチーム、マシン、ドライバーのすべてが注目に値する名古屋工業大学。彼らがホーム、愛知を湧かせてくれることを大いに期待したい。