「必要なのは企業へのリスペクト」、チーム広報の仕掛け人【日本大学理工学部】

国内学生フォーミュラチームのInstagramフォロワー数は、よく発信しているところで600~700人あたり。その中で日本大学理工学部は1637人(2023年10月7日時点)、次に多い上智大学も1544人(2023年10月7日時点)、この2チームが抜けている印象だ。各チームでSNSを使った広報戦略はそれぞれなので、一概にInstagramのフォロワー数で図ることは出来ないが1つの指標にはなりそう。今回は日本大学理工学部の広報担当にスポットを当てる。昨シーズンからInstagramでの発信が活発で、関係者からも広報活動を評価する声が聞こえてくるほど。

日本大学学生フォーミュラチーム 円陣会
2023年マシン photo by @125ascot

今年の日本大学理工学部は事前のテストからマシンの仕上がりが良く、躍進の年になると思われた。しかし大会直前からエンジンの調子が悪くなり、大会までこれを引きずることになる。デザイン審査で6位を獲得するも、動的審査では本領を発揮することが出来ずオートクロスは29位に沈んだ。エンデュランスに出走するも10周し、ドライバー交代したところでマシンが止まってしまいリタイア。総合26位と来年に課題を残す結果となった。2023年で大学を卒業してチームを離れる三上は「チームもマシンも上がっていて、2019年の記録を更新するポテンシャルがあったと思う。来年はシングル順位を狙っているので、ポテンシャルを発揮して結果を出してほしい」と語る。

2023年大会ドライバーを務める三上
photo by @125ascot
2023年大会期間中エンジン調整に苦労する
2023年大会走行前にフロントウイングを調整するチーム

日大理工の広報を仕掛けたのは広報担当の三上夏輝(ミカミ ナツキ)。元々モータースポーツが好きだったという三上に今回リモートで話を聞いたのが、彼の後ろにはRed Bull Racingのユニフォームが掛けられていた。「モータースポーツが好きで、モータースポーツの独特なスポンサー活動に興味を持った」「車体にステッカーを貼って、それをSNSで発信していくやり方が面白いと思った」と話す。三上はチーム広報を推進するために自ら広報班を作り、動いていく。「せっかくならものづくり以外もやりたいと思った」「当時は既存スポンサーに貢献出来ていない(支援分を返せていない)と感じていた」「2021年シーズンが終わったタイミング、チームの中で役職を決める時に『自ら広報担当を名乗ったほうがチームの中でも動き易い」と思って班を作った(笑)」こうして三上はInstagramの運用を始める。

三上はまずフォロワー数を増やす地道な活動を進めた。「(Instagramで)ものづくり関連の投稿や企業にいいね!をしまくった(笑)」「さらにそのフォロワーも見に行って興味を持ってくれそうな投稿にいいね!をしていった」「それをしていると(チームのアカウントを)フォローしてくれるところが出てきて、フォロワー数が少しずつ増えた」「ただInstagramのアルゴリズムで、フォロワー数とフォロー数の差が大きい方がアカウントの価値が高いと評価され投稿が広まるためフォローを貰っても、こちらからフォローを返さないようにした」「フォローされても返さないように“我慢”した」という。この『我慢』という言葉が印象的だった。「やっぱりフォローしてくれたのに、こちらからフォローを返さないのは申し訳ない気持ちが強かった」「でもチームのアカウントのことを考えて我慢した」とのこと。

こうした活動の中で少しずつ成果も出てくる。Instagramの運用を始めて丁度1年が経とうとしていた頃、北海道の企業からDMが届く。「社長さんが日大出身ということもあって興味を持って貰えた」「ついにキター!という感じで、チームからも『すげーじゃん!』と喜んで貰えた」と当時のことを振り返る。さらに、その数ヶ月後には愛媛の企業からも支援を獲得して成果を上げていく。

三上は投稿する画像にも工夫を凝らしていく。学生フォーミュラチームがSNSを使うケースとして支援部品と支援企業を紹介することが多い。それについて「学生と企業の方が並んで支援品を手渡ししている写真を使うことが多いが、それでは支援品が小さくてわからないし、会社のロゴも見にくい」「もっと部品(支援品)を見せたいし、企業のロゴも見せていきたいと思って工夫した」とのこと。三上は支援品を物撮りして、それをメインに投稿。画像の下部にはチームロゴと企業ロゴを並べて配置した。また資金提供をされた際にはマシンの写真の上に企業ロゴを重ねた画像を使用して、企業ロゴを見せる工夫をした。これについては、既存企業への配慮とともに、まだ学生フォーミュラを知らない企業が見た時に良い印象を持ってもらうためだという。物撮りメインの写真や企業ロゴを見せていく方法は他チームへも広まっていく。「後追いしてもらうのは嬉しい(笑)」「良いやり方が広まって、他チームの発信が増えたら学生フォーミュラの認知度が上がって自分たちにも返ってくると思う(笑)」と話す。

Instagram以外にもメールや展示会などにも足を運び、広報活動を広げていった三上。「大会スポンサーの企業様や新しい企業様にもメールを送った」「大会スポンサーの企業様に対しては既に学生フォーミュラを知って貰えているので、広報や説明のステップを飛ばせる」「ただメールだけでは支援に繋がることは少なかった」とのこと。人とクルマのテクノロジー展などの展示会にも出向き支援企業を広げる努力をしたという。「展示会では『学生」と大きく書かれたパスを首から掛けてまわった、それもあってか話を聞いてくれる企業様が多かった」「自分たちの活動(学生フォーミュラ)を伝えて、この部品や技術でこういうことをやりたい!と伝えるようにした」「あくまで企業様の部品や技術をマシンに使いたいことが先で、支援をもらうことを前提に話をしないようにした」という。そこにあるのは「企業様へのリスペクト」と話す三上。既に多くのチームを支援している企業も多くあって、支援が当たり前と思ってしまうと、企業を訪問しても支援を前提に話をしてしまう。そうではなく企業の部品や技術に目を向けて、一緒に戦うパートナーとしてチームと企業の関係を目指しているような印象を受けた。こうした活動により三上は年間予算の10%にあたる支援を獲得する。

企画書表紙
企画書抜粋
支援企業向け資料抜粋

「支援に対して企業に返る分が少なく、Win-Winではない」と語る三上は、支援企業に対して自分たちが出来ることをしたいと、大学の学務課と交渉をして支援企業の就活資料を大学に置いてもらうなどしたという。そうした『恩返し』の中で最も注目したいのは、以前こちらでも取り上げた富士エアロパフォーマンスセンターとZENAKI RACINGによるスーパーFJの風洞試験だろう。「沼津の風洞施設を訪問した時に、フォーミュラカーを風洞にかけてみたいという話があった」「別の企業様の支援でドライビングトレーニングをすることがあって、そこで『フォーミュラカーの風洞試験をしたい企業がある』ことを伝えたら、スーパーFJの風洞試験が実現した」とのこと。これまで支援をもらうことに留まっている印象の学生フォーミュラでのスポンサー活動だが、三上が仕掛けたスーパーFJの風洞試験は学生と支援企業の関係を大きく変えたような印象だ。

富士エアロパフォーマンスセンター,ZENKAI RACING
富士エアロパフォーマンスセンター,ZENKAI RACING

2シーズンをチームの広報に費やしてきた三上の活動は、自チームに限らず他の学生フォーミュラチームや学生フォーミュラを取り巻く多くの企業との関係性に対しても大きな変化をもたらしたと言っていい。最後に、そんな三上がチーム広報でやりきれなかったことを話してくれた。「もっとチームの中の人(メンバー)を追って、チームにはこんなキャラクターを持った人がいる、そんなところを押し出して行けたら良かった」「人に注目してもらうことで、チームの活動に感情移入してもらえて、もっと応援して貰えると思う」と語った。