学生フォーミュラ日本大会2026|やりたいことを詰め込む、空力屋たちの時間の使い方
Text : 蛙田 三也(Sanya Kaeruda)
Photo : 堀田 拓哉(Takuya Hotta)
専門領域を屋号のように、「○○屋」、と呼ぶのを耳にすることがある。サス屋、エンジン屋、電装屋。衝突屋なんていうものも。技術者を専門職人として捉える文化を思わせる、粋な呼び方だと思う。もちろん、エアロダイナミクスの領域を専門とする「空力屋」もある。ここでいう「空力屋」が担うのは、研究、解析、設計、このあたりまでだろう。
しかし、ウイングによってダウンフォースの恩恵を受けるまでには、その先がある。翼を設計した後、車体との取り合いを考え、カーボンで作るなら積層を決め、焼くための型を設計する。プリプレグを張り込み、焼く。それらを接着してアセンブリーし、車体に組み付ける。セットアップをして走らせ、データを取る。ウイングのセットを変える。それでようやく、狙ったダウンフォースが使える。 カテゴリーにもよるだろうが、これらを別々の担当者が受け持つこともあれば、いくつかを掛け持ちすることもある。
それでは、学生フォーミュラではどうか。これらすべてを、「空力屋」が担当する。解析をして、設計する。積層をして、ものを作る。ウイングがなくてもマシンは走り、曲がり、止まるわけだが、それでも空力のやることは多い。



削ったのは、解析にかかる時間だった。以前、大阪大学の担当者が使っていたのはSolidWorks Flow Simulation(リンク:SOLIDWORKS Flow Simulation)だった。「勉強しながら解析して設計するのには時間が足らないと思った。」と振り返る。 そこで使い始めたのが、TotalSimのBramble(リンク:TotalSim Japan)だった。車両モデルを用意すれば、解析からポスト処理までを進められる。計算はクラウド上で行う。自分たちで高額なワークステーションを用意しなくても良い。「解析を行う上でCFDの細かい内容の勉強も大事だとは思うが、(解析するための時間が減ったことで)ラップタイムに直結する部分(ダウンフォースとか冷却性能)にフォーカスを当てて開発を回せるようになったのが大きい。」とも。解析そのものではなく、解析を使って何をするか。そこへ時間を回せるようになった。
東海大学は少し違う。SolidWorks Flow SimulationとAnsys Fluent(リンク:Ansys Fluent)を使い分ける。初期の検討はFlow Simulationで回し、さらに詳しく見たいところはFluentへ持っていく。ひとつのソフトですべてを賄うのではなく、やりたいことに合わせて使う。ただ、その「やりたいこと」が最初から分かっているわけでもない。「自分は断片的な情報を合わせて学んでいく感じだった。」東海大学の担当者は、もっと早く車両運動について勉強しておけばよかったと振り返る。例えば、直線での空力より、コーナリング中の空力のほうがラップタイムへの影響が大きいことを知っていれば、解析の方向も変わっていた。
同志社大学はAnsys Fluentを使い続けている。担当者は、入学したころは、チーム内にも解析のノウハウがほとんどなかった。手探りで進めてきたが、現在は後輩向けの資料を作り、モデルを変更したときにすぐ解析へ移れるフォーマットも用意している。一人が覚えたことを、一人の頭の中だけに置かない。 クラウドを使うことが主流にはなっているが、複数のソフトを使い分けるチームもある。また、いずれの仕組みも正しく使うために、資料を残すことも忘れていない。やり方は、それぞれであり、秀逸である。共通しているのは、CFDを回すこと自体が目的ではないことだろう。



計算した結果を、今度は形にしなければならない。 大阪大学では2023年、空力部品の製作に時間がかかり、競技会場でシェイクダウンをするような状態になった。翌年からは設計条件を決め、エアフォイル形状をある程度『標準化』し、型の数も減らした。(リンク:学生フォーミュラ2024 大阪大学|「堅実に行くほうがチームとして丸くなる」厳しいリソースでもチームとマシンの完成度は高い)最近は3Dプリンターも使う。型を出力する。小さな部品なら、そのまま出力することもある。プリンターが動いている間、人間は別の仕事ができる。
この「待っている時間」をどう扱うかは、学生チームにとって案外大きい。 早稲田大学も3Dプリンターを使っている。これまでは、作れる形に合わせて設計することも多かった。2024年、國士舘大学のマシンを見て、その形状に驚いた。それをきっかけに3Dプリントを取り入れ、設計の自由度を上げていった。もちろん、3Dプリントにも重量という代償はある。それでも、作れる形が増える。
一方で、同志社大学は製作方法そのものを大きく変えてはいない。型の品質を上げ、綺麗な部品を作る。ウェットカーボンでは樹脂量を抑えるなど、製作の中身を詰めてきた。同志社大学から、空力を始めるチームへこんな言葉があった。「1枚でも、簡単な形でもいいから綺麗なウイングを作って見る必要があると思う。急がば回れ。」速く作ることだけが、効率化ではない。一度、ちゃんと作ってみる。その経験が、次の一枚を速くすることもある。



CFDを速く、製作を速くしたその先、空力屋はもう一度、マシンを見る。どこでダウンフォースが欲しいのか。クルマが動いたら、どうなるのか。その空力を、タイヤやサスペンションとどうつなげるのか。その先にあるのは、速いマシンだ。ときどき、学生フォーミュラの空力屋は肩身が狭いことがある。他のセクションとのやり取りや、手間もお金もかかる。窮屈でも、限られたスペースの中に、やりたいことを詰め込んで行く、空力屋とはそういうものなのかもしれない。
1988年生まれ。大学在学中に学生フォーミュラに参加し、卒業後は自動車業界を経験。現在はモータースポーツを主軸とする技術ジャーナリストとして活動する。学生フォーミュラを起点に、競技車両の設計思想や製造の現場、競技を支えるエンジニアの思考を取材・執筆。技術と競技のあいだにある「それを作る人たちの思考」に関心を持ち、現在は国内外のレース車両開発や人へと取材領域を広げている。

